クイーン・ミリセント号の出発の日は、酸性雨の嵐が五時間続くという予報が出された。
そこで、車体にはそれに耐久するため特殊なコーティングを施された。
工場から出てきたときには、真っ白だった機関車は真っ黒な機関車になって戻ってきた。
「よーし、出発だ!はりきって行こうぜ!」
荷台の上のビュッケの元気なかけ声とともに、列車は走り出した。
出だしは順調だった。
しかし・・
3つの駅をすぎ、予定通り砂漠地帯へたどり着いたのだが、
ミリセントに異変が起きた。
ガチャン
金属と金属がぶつかる音がして、ミリセントのスピードががくんと落ちた。
「何だ!?」
若い機関士がアルフレートを見た。
「どんどんスピードが落ちていきます!」
機関車は止まってしまった。
ビュッケも驚いた。
「どうしたんだ?」
「車輪が動かないんだ」
ミリセントが、震え声で言った。
ビュッケは黒い布を被っていたのでわからなかったが、
空は真っ暗闇で、ライトが前方を照らしていたがそれも頼りなげだった。
豪雨の音だけが響いている。
「まずいな。嵐が来るぞ・・」
「ここに止まっていたら、五時間の酸性雨の嵐に吹き付けられる。
そんなに長い間だったらコーティングも剥がれ落ちてしまうよ」
「ああ、やはり、ここには何かあるんだな・・」
若い機関士が頭を抱えだした。
「いくらウィルロードさんの頼みとはいえ・・おれはどうしてこんな任務を・・」
アルフレートは彼を無視して、機関室を出ると車掌車へ向かった。
すぐに作業員達が工具を持ち出して、点検に入った。
ミリセントは、恐くてしかたがなかった。
「ミリセント、大丈夫か、しっかりしろ!」
気がつくと、ビュッケが後ろから声をかけていた。
「そうだ、わたし一人で考えていても何も進まない・・
みんな、申し訳ない・・もうこれ以上は・・」
「だめだって言っちまったらおしまいだぜ!?」
ビュッケが大きな声で叫んだ。
「・・本当にだめなんだ!」
ミリセントは叫んだ。
「・・なんて 恐しいところだろう
まるで2本のレールの先に吸い込まれていくような感覚・・
雨の音が、頭が割れそうなくらいに響くんだ
何か、うめき声がきこえて わたしを呼びかけて・・!」
ビュッケは黙って聞いていた。
「・・こんなところ、走れるわけがないじゃないか・・走りたくない・・
・・でも、走らなければ、みんながここに取り残される
・・どうしたらいいんだ ・・やらなければ・・でも動かない・・
どうしたら・・
どうしたら・・
・・どうしたらいいんですか?・・陛下・・!!」
ミリセントは、完全に混乱してしまっていた。
ビュッケは、何か声をかけようと思ったのだが、
言葉がでてこない。
自分がなにもできずにいることがもどかしかった。
「・・・どうしたらいいんだ・・?」
彼はつぶやいて、目を閉じた。
・・・ふと、作業長が言っていたことを思い出した。
「いいか、ビュッケ。
お前はこの鉄道で唯一の、小さな機関車だ。
どんな時も、なにがあっても お前は小さな機関車だ。
いつだって、”ビュッケバロンとして”できることだけを 考えろ。
それだけは忘れないでくれ」
彼は、はっとした。
そうだ。
それはもう、生まれた時に決まっていたことなのかもしれない。
ビュッケ・バロンと、クイーンミリセント号の、役割の違い。
どんなにミリセントの辛さをわかろうとしたって、おれは小さな機関車で。
おれは小さな機関車としてするべきことがあって。
あいつは大きな機関車として、するべきことがある。
それを、代わってやることはできないんだ。
だから
いつだって、その答えはひとつしかない。
おれがおれとして、あいつにしてやれること。
「ミリセント、聞こえるか?」
ビュッケは叫んだ。
ミリセントがその声に気づく。
「じっちゃんがさ、言ってたんだよ。『お前ならできる』って!」
ミリセントは振り返る・・ことはできないが、その声に耳を疑った。
「シルバーデューク号が?」
「そうさ。お前だったら、”たいしたことない”ってね!」
「お前は中央市行きが決まったとき、夜も眠れなかったと言ってただろ。
・・でも、
本当に、お前はひとりぼっちか?
機関士や助手、作業員達がついてる。
お前は、ただみんなに身を任せればいいんじゃないか」
「ただ、身を任せるだけ・・だって?」
ミリセントは驚いた。
「・・そんな・・しかし・・」
「・・そう、余計な心配で 足をすくませなければ、ちゃんと前へ進めるんだ。」
人間からみればおかしな話だが、ミリセントは今の今まで、
すべて自分で動いているつもりだったのだ。
「ミリセント!」
作業員達がよびかける。
「・・」
「お前の整備をしてるのは俺達だ」
「そんでもって、」
助手に説得されたのか、元気になった若い機関士が叫んだ。
「お前を動かしてるのは、俺とアルフレートなんだぜ!」
そうか。
陛下の名前を頂いた。
そして人々のために仕事をする。
でもその前に、わたしは機関車だ。
わたしは、この人達によって動かされている。
わたしには、十分動く力がある。
なのに・・
それを、自分の勝手な気持ちで止めていたのだ。
ミリセントの車軸が動き出した。
「ミリセント!」
アルフレートが叫んだ。
「いいぞ!その調子だ」
ミリセントは最初自分が、ちゃんと走ることができたということが、
信じられなかった。
だが、目の前に拡がる景色は一つ、二つと砂丘を追い越していく。
ミリセントはその時、後ろで作業員達が騒いでいるのはまったく聞こえていなかった。
いや、聞こえてはいたのだけど
ただ、自分が前へ進めたこと。
今、前へ進んでいること。
だんだんとスピードが上がっていること。
それがとても尊いことに思えた。
そして列車はスコーピオ駅を通過した。
それから1時間が経過した。
「あれは・・まさか」
前方に、街が見えてきた。
「ヴァルゴだ!」
ビュッケが叫んだ。
中央市と同じくらい大規模の都市で、首都と陛下の宮殿がある。
「クイーン・ミリセント号に万歳三唱!」
作業員達が作業車で歓声をあげた。
そして、それが砂漠地帯の終わりを教えていた。